漁書日誌 3.0

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扶桑の胡蝶本祭+まど展初日

清水の舞台から飛び降りる覚悟で臨んだといったら大げさに受け取られるかも知れないが、低所得でワーキングプアな人間にとって本日の古書の総額はそれこそ大変なものだ。正しく「大変」である。しかし、ここはいっとかないと駄目でしょう、という現場に出くわすことも、ないことはない。男子ならばそういう時は突っ切らなければならぬ、千載一遇的なチャンスである。そうしなければ後々後悔するというそういう古書的瞬間というものは、確かに、ある。さて、ここまで大上段に振りかぶってここに披露するのは、趣味がなさしめた大浪費、今年一番(復刻版「薔薇刑」があるのでそうでもないか)的な、低所得者の買い物である。
で、突然だが、扶桑書房の目録が届いたのは一昨日。いつものように突然来るので、もう焦りまくりながら携帯片手に目録の頁をめくり、目星を付け決断を下す。籾山書店・胡蝶本のオンパレードであった。正に祭。掲載されていたのは、鏡花「三味線堀」、八千代「絵の具箱」、薫「大川端」「鷽」、万太郎「雪」「浅草」、潤一郎「刺青」「悪魔」、荷風「すみだ川」「牡丹の客」「新橋夜話」「紅茶の後」、幹彦「澪」、白鳥「微光」、泰「天鵞絨」、瀧太郎「処女作」「その春の頃」、鴎外「みれん」「我一幕物」「青年」、勇「恋愛小品」、修「畜生道」と22冊。えーとあとは「新一幕物」と、なんだっけか。しかしまあ、谷崎潤一郎「刺青」(籾山書店)初版凾付12000円は既に売れていてなかった。で、他に注文したものは皆あった。それが今日届いたのである。(サスガにパラはずすのが面倒だったので、パラ付き不鮮明画像で失礼)


水上瀧太郎「処女作」大正元年11月15日初版凾欠3500円
岡田八千代「絵の具箱」大正元年12月15日初版凾付12000円
小山内薫「大川端」大正2年1月15日初版凾付8000円
谷崎潤一郎「悪魔」大正2年1月20日初版凾欠12000円
西村伊作「生活を芸術として」(民文社)大正11年9月25日11版(初版は同年1月12日)凾欠背痛2000円
めまいのしそうな金額・・・しかし、相場に比べればこれがどれだけお得な買い物かわかる筈である。何故だか皆茶色(胡蝶本には、平の胡蝶模様の地の色が橙色、茶色、鶯色の三色がある筈)の本であった。無論、胡蝶本特有の背の角の痛みはどれも免れていない(いや滝太郎のは美本であったが)。特に「悪魔」はちょっとしんどい痛みだったが、それでも、ちょっと痛んだ凾欠本で神保町相場なら5万円くらいだろうし。岡田八千代は最後まで逡巡し、後から夜遅くに注文電話を入れたのであった。そして、注文後に目録を再度見ていて気が付き注文したのが「生活を芸術として」。これも買いやすい値段。中には西村伊作の家(「西班牙犬の家」のモデルである)の写真はもちろん、図版も多数。

これは「絵の具箱」の冒頭。川尻清潭の印がある。去年買った「牡丹灯籠」も川尻の印があったので、これで川尻旧蔵書二冊目か。この「絵の具箱」だが、凾、扉、奥付での書名は「絵の具箱」だが、背表紙のみ「絵具箱」となっている。短篇小説と戯曲を収録した著者第一作品集。そういや小山内家、今回、兄妹どんぶりである。嬉しいことは嬉しいが、金銭的には悲喜劇的状態。
そして今日の夕方である。
所用でちょっと神保町に出た、否、それにかこつけて古書展会場を覗いたといっていい。注文品もなかったのだが、この非常時に限って、なにゆえにこうも買いたいものが並んでいるのであろう、けだし皮肉である。
きょうのまど展のヒットは、かわほりとあきつである。ワタクシ的には、今日は青展なのかと錯覚させるほどといったら言い過ぎだろうか。午前中はさぞやと思われた。

菊池幽芳「乳姉妹」(春陽堂)前編明治37年12月30日6版カバ欠、後編明治37年10月20日4版口絵・カバ欠の揃3800円
芥川龍之介戯作三昧 他六篇」(春陽堂:ヴェストポケット傑作叢書)大正10年9月10日3版少汚300円
黒島伝治「氷河」(日本評論社:日本プロレタリア傑作選集)昭和5年1月28日14版美500円
いやあ「乳姉妹」は、何故か殊に昨年すごく欲しかった、この元版が。家庭小説の代表作品として持っていたい、と。その後明治大正文学全集の幽芳の巻を買ってしまいこれで読むしかないかと落ち着いていたのだけれども、そもそもカバー付きの高いものはいらないから、重版口絵欠とかで安く転がっていないかなあと思っていたので、今回はそのドンピシャがあったというわけ。そんな都合のいいものは、実はまず見かけないといってよい。だからまあけっこうなお値段だが、これはいくしかない、と。しかしこれの本体のクロスの色、茶色だったと思うのだけれど、版によってクロスの色異なるのかしらん。黒島伝治など普段読まないが、これはあまりにも美本だったので。そしてお次はこれ。

島田清次郎「地上 第一部 地に潜むもの」(新潮社)大正10年10月10日55版裏表紙欠痛500円
徳富蘆花/塩谷栄訳「英訳 不如帰(Nami=Ko)」(誠文堂書店)大正8年8月15日26版凾欠300円
島清の「地上」第一部も、重版を安く探していた。第一部だけでいい、島清だし。だけど元版で欲しいと思っていた。一応当時轟く大ベストセラーだしねえ。映画も見ているし。痛本だが取り敢えずはこれで。で、英訳「不如帰」は、ついでみたいなものか。これも元本はベストセラーだし。同じく蘆花の「自然と人生」の英訳版も300円であったが、こちらを選んだ。やっぱり英訳だとこういう風にヒロインの名前になったりするんだなあ、と。というか「地上」じゃないけれど、これも元版の重版が欲しいんだよね。ほかに、「有美臭」2800円とか、「風流仏」元版初版4800円とか、背欠の鏡花「菖蒲貝」400円とかあったが、諦めた。午前中はもっとあっただろうなあ。そしてお次は戦後のもの。

和田ゆたか「般若苑マダム物語」(太陽出版社)昭和33年3月10日発行200円
連合国最高司令部民間情報教育局編「真相箱」(コズモ出版社)昭和21年8月25日発行背痛200円
まあ「般若苑」の方は、例の都知事選で揉めた有田八郎と般若苑のマダムのスキャンダル冊子のようなもの。選挙の時に配布された一種の怪文書的冊子で、三島の「宴のあと」のモデル資料である。こちらはまあどうでもよいのだが、次の「真相箱」である。これはここのところ探していたものなのだ。やっぱりねえ、これがなきゃ戦後占領期文化は語れません。敗戦国民ブレインウオッシュ用とでもいうべき、GHQの占領政策如実にあらわれている本。今では扶桑社文庫で内容は復刻もされているが、これが元本。そりゃ200円なら買いますよ。しかし今日のかわほりの棚には、例えば「斧琴菊」の初版でたとう欠の凾底欠というのが12000円であったりして、誘惑も強くフラフラした。我慢したが。他にも普段なら買いそうな本がかなりあった。
しかし嗚呼、なにゆえにこうして非常時に限ってこういう買いたい物があるのだろうか。よりにもよってという事態は、往々にしてバッティングするものだ。電車賃かけてきて、一冊も買うものがない時だってしばしばだのに。非常時は更に輪をかけて非常時になり、緊急非常事態発令となった。明日からすいとん生活・シケモク生活である。どうしてくれようか。元々所持していた、痛んだ「悪魔」は売却予定。他にあれとこれと……。
帰りに東京堂に立ち寄ったら売っていた本。

書肆ユリイカの本

書肆ユリイカの本

今月来月は上記のようにキツイので、今度古書会館でやる発売イベントの時に購入する予定。