漁書日誌 3.0

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魔風恋風

小杉天外「魔風恋風」を読む。
明治36年11月15日が初版で、今読んでいるのは明治41年4月10日発行の19版。サスガに本文は茶々っけているが、パッと見は復刻版のように状態がよい。
しかし実は、一番面白いのは、物語ではなくって奥付裏にある小杉天外の他の著書の広告文だったりする。
「悪写実か善写実か」とか、ホントにこんな言葉当時あったのかねえと思わせる。ただし一言も「自然主義」とはいっていない。ゾラの名前は出てくるが。
上編の113頁に、
「如何したの?」と絹子は覗く様にして、「犯られたの?」
という文がある。これは嫌われ者の楠田友子という女子学院の女教師(面食いえこひいき甚だしく、なおかつ学生に無理に接吻などをする器量も学問も出来ない校長の親戚——こういう堕落エロオヤジ的キャラは、男性ならありがちなのだが、女子校における女教師というのが珍しい)に、ちょっとと呼ばれて帰ってきたときに主人公萩原に対して問いかける台詞なのだが、この「犯られた」の「犯」には「バイオ」とルビがある。つまり、「バイオられた」ということなのだが、これはどういう意味なのか、どの言葉から来ているのか……2回も出てくるが、おそらく明治女学生言葉のひとつなのであろう。

さて、中編をこれから読む。しかし寒い、雪はやまないものか。

で、朝方ようよう後編も読了。

(ネタばれします)
まあ、途中までは、友誼を取るか己が恋を取るか而して友誼の為に自己犠牲………といった、お涙頂戴ものかと思っていた。それが後編の中頃より俄然主人公が変貌、自らの恋が破れたらてんでジキルとハイドになってしまうという粗筋。
まあ、涙、涙の悲恋ものとか、いわゆる家庭小説だろと高を括っていたのだが、終盤の逆転なんか(無論全く底が浅いのだが)は、一応、ゾラなんかに影響された新味なのであろう。
純真無垢な金持ちお嬢ちゃんの他は、まあいずれも胸に一物ある人物だったりして、作中の台詞ではないが、「世の中マネー、マネー」。こういうところは、「現実暴露の悲哀」なのだろうが、妹分(実の妹ではなく、姉妹の契りを交わした友人!)に嘘を付いた主人公は、最後に都合良く脚気衝心で死んでしまう。何故そう都合良く死ぬのか、正に勧善懲悪的処理で、やっぱり、悪写実も善写実もあったものではないようだ。

ま、そんなことよりも、やっぱり面白かったのは、この時代の女学生言葉。いわゆる「だわてよ言葉」というのではなく、いちいち明治風の発音の英語をルビで使ったりといった、上記に記したような例である。
また、明治女学生の「姉妹の契り」も興味深い。セクハラ女教師もそうだが。この辺の明治女学生風俗を知るのによい書物はないか。中公新書の「ミッション・スクール」なんかもよさそうだが。
しっかし、物語冒頭の、遅刻遅刻〜というヒロイン初野と曲がり角で書生さんと激突ってのは、昨今のラブコメの定番シーンそのまんま。あれの起源は明治36年発表の「魔風恋風」にあるともいえるだろう。


さて、この「魔風恋風」前中後編、もともと前編と中編が2冊で4000円だったかで古書展目録で注文したものである。中編に、清方の木版口絵があったし、まあこの値段だったしというので注文したのだが、その後、神保町の古書展で運良く後編を800円だったかで見つけたのである。おそらく外装はカバーと思われるが、特に天外に興味があるわけでもなく、ただ明治のこの辺のもの、揃いだとかなりするだろうからというので買ったのであったが、本が極美状態で嬉しく、探すとなく探してようよう揃った次第。しかし買ったのはもう8年くらい昔で、今回やっと読む機会が来たというのである。正に怠慢、恥じるのみ。