漁書日誌 3.0

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真夏の古書など

暑い。東京は最高気温36度であった。
池袋リブロの古書市をはじめ、神保町、ネット古書店ヤフオクやら近所の店やらで買ったものを記しつつ、見に行った芝居などにも記しておきたい。


今西汎子「巴里より愛する母へ」(実業之日本社昭和16年5月16日初版少痛300円
紅野敏郎他編「展望 戦後雑誌」(河出書房新社)500円
バルッツィ「近代政治哲学入門」(法政大学出版局)700円
ピンチョン「スロー・ラーナー」(ちくま文庫)200円
粕谷一希「二十歳にして心朽ちたり」(新潮社)100円
網代毅「旧制一高と雑誌「世代」の青春」(福武書店)300円
神林恒道「シェリングとその時代」(行路社)2000円
正延哲士「最後の愚連隊」(幻冬舎アウトロー文庫)200円
郡司正勝「かぶき発生史論集」(岩波現代文庫)300円
松岡心平「宴の身体」(岩波現代新書)400円
下から三冊の文庫が池袋リブロ古書市にて買ったもの。ほかは、ヤフオクだのマケプレだのネット古書店や商店街の古書店などで、お勉強用だったり読み物用だったり、ついでだったりして買ったものである。「宴の身体」は単行本で持っていたものの買い直し。ヤクザ読み物は趣味。粕谷と網代のは遠藤麟一朗資料。「巴里より愛する母へ」は、後に薔薇十字社より再刊された今西博子「巴里より愛するママへ」の元本である。これの薔薇十字社版もなかなか出てこないんだよなあ。ちなみに薔薇十字社版は2刷を確認、重版されているのである。でまあ、あれやこれやとバラバラ買って塵も積もれば…となるのでリブロでは抑制したのであった。


芥川龍之介「三つの宝」(改造社昭和3年6月20日初版天金帙少痛8000円
リブロで注文もしなければ抑制もしたので、反動がうっかり出てしまったのがこれ。先日古書モールを覗いたときに見つけ、売れてしまわないか気になっていたものである。見返しにチラッと書き込みがあり帙に一部破けがあるものの全体的には好印象だし、それで8000円てお買い得だと思うのだがいまはこんなものなのだろうか。小穴隆一による装幀、挿絵。扉が木版で、ほか6篇ある収録作品に2枚ずつ挿絵が別紙に印刷され直接貼付されているという体裁。大判で本文は飾り罫が入って、いつかは書架に並べたいものだと思っていたのであった。この本、ほるぷの復刻版も出ているが、復刻版では背に題箋がある機械凾であるが、この本はボール紙による紐の付いた帙というかたとう入りである。背は題箋ではなく「春琴抄」のような感じで活字でタイトルがあるだけというもの。異装なのか、私製なのか、どう見ても素材は当時ものにしか思えず。詳しい方教えて下さい。
で、36度に達した本日、神保町で打ち合わせがありついでに覗いた田村書店のワゴンで買った植草甚一と、先日注文して届いたダンセイニ。

植草甚一植草甚一ワンダーランド」(晶文社)600円
ダンセイニ「賢女の呪い」(盛林堂ミステリアス文庫)200部1500円
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ほか、最近みたものとして。

飴屋法水作演出「教室」@清澄白河SNAC
昨年大阪で初演されたものの再演。なんとか追加公演にありつけたものの、チケット争奪戦が凄かった。既に戯曲集「ブルーシート」(白水社)に収録されてるが、未読で赴いたのもあって、いろいろな意味で楽しめた。場所は商店街のなかの空き店舗のような空間で、通りに面している部分のシャッターを開けっ放しで展開、通行人が不思議そうにのぞき込んだりする。芝居と現実というものに加え、内容も、飴屋氏自身のプライベートそのままなのか虚構が混じっているのか、そういう二重の意味で虚実皮膜の間をいくような独特のものであった(1日昼所見)。しかし、劇の内容で、奥さんが今41で20の時といったら1993年、ちょうど黄色舞伎団の「犬機械」(北とぴあ)の美術をやったあとに、バウスシアターで「ドナドナ」やった時だろうか。ワタクシ同い年だし、舞台は共に見に行っている。終演後、その場で「ブルーシート」を購入し飴屋氏はじめ出演者全員のサインをいれていただく。写真は終演後の舞台というか劇場で、サインの行列。
今夏、芝居はあと歌舞伎座での武智鉄二演出(復刻)「恐怖時代」。発表当時残酷描写ゆえに初出誌「中央公論」が発禁になった谷崎の戯曲を、伝説の血みどろ武智演出でどう料理されているのか実際に見てみるのが楽しみでもある。それと、これもチケット争奪戦が凄くそれでもなんとか追加公演チケットを入手できた飴屋法水椹木野衣グランギニョル未来」に赴く予定。

これは人造乙女博覧会@ヴァニラ画廊。神保町に出る前にチラッと行ってきたもの。いわゆるラブドールの展示。やっぱり「未来のイヴ」から「青塚氏の話」まで、人形モチーフに興味があるならば見に行かなければと。とりわけ顔なんかが極めてリアルに造形してあるのだが、体にはストッキングのシームのような線が入り胸など異様に大きな造形で、リアルさと非リアルさが混じっているような人形が物体としてゴロンとしていると妙にちぐはぐなグロテスクさ(グロッタ洞窟由来の本来の意味での)があって不思議な感じである。
あとは世田谷文学館での「日本SF展」に行って、会場限定の豆本を買ってこなくては。