漁書日誌 3.0

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雨の朝、おめでたく

明日は気温が上がり10月並、しかも夜半から雨は強くなり明朝は横殴りの土砂降りなどという天気予報を見ながら、それでも明日行くのか、趣味展よりはワタクシ内順位が下がる窓展である、そして何もないかもしれない、それでも寝不足ながら早朝起床して朝イチで古書会館に向かって列び老年バーゲン地獄のような古書展会場で古書を漁ってヘトヘトになるに違いない。それでもこれといった買い物が出来ないかもしれない。それをおしてまで、しかも雨の中行くのかとたまらない感じもするのだが即それを打ち消すようにまた「でもやるんだよ」との義務感とも使命感ともつかない突き上げるものがあり、いつものように寝不足でヘロヘロのていで古書会館へ向かう。バスを乗り逃がし、電車も遅延しており、結局、窓展初日の会場に到着したのは開場後の10時2分頃。
まずはあきつ書店の棚を見る。ありそうでないような。それでも幾つか抱え他を回る。かわほり堂が今回はかなりよい棚揃え。ちょっとコンディションが悪かったり外装欠だったりするような元版の本が以前よりも安めの価格設定になっていて面白い。同じような意味でけやき書店もそうである。みはる書房は今回いろいろなジャンルが混在したような棚でこれもまた面白かった。お昼、一度帳場に取り置き品を預けて外に出る。友人と一服してから14時過ぎにまた会場へ。あきつ棚はかなり追加されていた。おおこれはというのを見つけ、最後の最後にまたみはる書房を見ていたら、もしやもしやというのを見つけて、お会計。今回購入したのは以下のものである。

武者小路実篤「おめでたき人」(洛陽堂)明治44年2月13日初版裸背痛扉欠1500円
室生犀星「美しき氷河」(新潮社)大正10年6月17日初版凾欠背痛500円
もしやもしや、というのは、「おめでたき人」のことである。この本自体、古書展の場では初めて見た。武者には興味無いが、といって武者の代表作の初版本でもある。扉欠で背痛だし1500円はちょっと高いがまあ買っておくかくらいの意識で手に取ったのだが、ピンときてまず奥付だと見ると、見覚えのある書き込みが。そう、川島幸希「署名本は語る」で「おめでたき人」の無削除本のことを読んだことがあり、そこに掲載されていた写真では奥付の発行部数記載が手書きで訂正されていたという記憶があって、奥付を見たのである。で、今手に持っている本も…訂正されている!? ムムこれはと本文をめくるも、どこがどう直っていたのかは思い出せない。しかしまさかこれ、旧蔵者のイタズラではないよな、こんなマニアックなイタズラするのもいないだろうし、と。笑い話のネタに1500円は痛いが、それでも期待半分で買うことにする。


手書きで「五十の内の一つ」とある。上記「署名本は語る」によれば、「おめでたき人」は初版が千部刊行されたのだが、そのなかの50部に限って、流布本では伏字(というか空白)]になっている箇所を埋め完全なバージョンを作り友人などに献呈していたらしい。伏字は本文53頁にある「手淫」という言葉で、同頁に3箇所ある。今回買ったものは、ちゃんと「手淫」の語が活字で埋まっている。これこそ例の50部本に間違いない。そしてまた扉が欠けている(切除痕がある)。ということは、である。おそらく刊行当時武者が知人か友人か知らないが献呈したものが、献呈署名の頁を切り取って売却され巡り巡っていまここにある、というわけなのだろう。しかも「五十の内の一つ」と手書きしたのは実篤本人であろう由。実際その後よくよく調べてみると、ほかに本文181頁「生れなかつたら?」の中の一文字がペンで抹消されている。これもこれも誤植を著者が自筆で訂正したものであろう。
「美しき氷河」も欲しい本であったので嬉しい。恩地孝四觔による装幀挿画。犀星初期の小説はどうしても古書価が高いのだが、こういう本をチビチビと集めている。今回のも、造本自体はしっかりしているのでパラがけしてしまえば問題無く読める。何故か、天誠書林の5000円という値札がそのまま挟まっていた。天誠さんも今やない。

ダヌンチオ「廃都」(アカギ叢書)大正3年7月28日4版200円
ダヌンチオ「ジヨバンニ(上巻)」(アカギ叢書)大正3年7月28日5版200円
泉鏡花「鏡花集1」(春陽堂大正9年8月1日9版凾欠400円
森赫子「女優」(実業之日本社)昭和31年7月23日32版カバ帯献呈署名入300円
大路真哉「東映王国を築いた大川博半生記」(政経日報社)昭和33年6月10日カバ300円
源了圓「実学思想の系譜」(講談社学術文庫)カバ帯300円
アカギ叢書のダヌンチオは持っているが、それよりも状態が良さそうだし安い。「ジヨバンニ」は、扉では「ヂヨバンニ・エピスコーポ」という題名。確かこれの下巻は未所持だった筈。「鏡花集」は今更ながらこれで全部揃った。森赫子は森律子の姪であり養子の女優。この本、6月13日初版で、約40日で32版って奥付表記が嘘くさい。戦後の実業之日本社ってどうなの。大川博のやつは、「現代財界人シリーズ」の第1冊。

福田恆存「平和論にたいする疑問」(文藝春秋新社)昭和30年2月20日初版カバ元パラ300円
小和田次郎「デスク日記5」(みすず書房)昭和44年1月25日初版カバ200円
奥月宴「天皇裕仁は二度死ぬ」(皇賤・鬼賊淫狂乱侮倒宴)1971年8月15日200円
福田のはこの文句があれこれ印刷されている厚めのセロファンが残っているというので購入。「デスク日記」は小和田次郎こと原寿雄によるものでこれで全5冊揃った。
で、「天皇裕仁は二度死ぬ」である。これしかも元版。奥月宴(おくづきえん)は、この前にも「天皇裕仁と作家三島由紀夫の幸福な死」というアングラ小説を出版している。それが第1編で、「天皇裕仁は二度死ぬ」が第2編、第3編として「ジャリ天ロード」を予定とあるがこれは刊行されてないかもしれない。後記に第1編は47部、第2編は68部印刷したとある。これを左右問わず「増プリ」してくれ、とも書いている。皇室顕彰会というところでは「風流夢譚」と抱き合わせで2500円という高価で売り出しただの、蝶恋花舎というところでは活版で出しただの書いてあって、つまりそれらは後版(海賊版)なのだ。皇室顕彰会というところで出したものは、縦長のもので古書店で見かけたことがある(だいたい古書価1万円以上している)が、元版は今回のような冊子だったのね、と。といっても、第1編第2編共に奥崎謙三「宇宙人の聖書!?」に収録されていて、学生時代面白がって探し買って読んではいた。しかし元版はそもそもアングラものとあって部数が少ないのだなあ。
という感じで、昼過ぎには雨もやんで空は青空、いまは4月かというような生暖かい感じの陽気になっており、雨降って地固まるではないが、雨の中フラフラのていで来て、掘り出し物を見つけ、外に出たら青空というかたちで終わった古書展なのであった。「おめでたき人」は、おそらく今年最後の掘り出し物、だろうなあ。