漁書日誌 3.0

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合間の古本

肌寒かったり、一転、暑くなったりと、気候が安定せず着るものに困るような今日この頃。今期は今年初めての内容の仕事でスライドを一から作らなければならないものやら、合間合間のカルチャーセンター的な仕事などがポツポツ入り、忙しい。ストレスが溜まると、どうしても古本屋を覗いて買ってしまう悪癖がある、まさにvice。金もなければ置く場所もないのにどうするのか。

まずは月曜日、御茶ノ水での仕事が終わるとたいてい19時近くで、すでにたいていの古本屋は閉まっているのだが、パチンコ人生劇場の跡地にできたアットワンダーは20時までというのでふらふらと入ってしまい2冊も購入。

澁澤龍彦「旅のモザイク」(人文書院)1976年6月20日初函帯990円

渡辺恒人「楕円の鏡」(近代文芸社)1982年10月15日初版カバ帯770円

澁澤後期のものは興味なくほとんど持っていないのだが、これはパラパラみていたら本文が茶色印刷。こういう色刷だったのねと参考のために購入。「楕円の鏡」というのは、以前知り合いに紹介された本でで、まあこの値段ならと試しに買ってみたもの。

そして金曜日。朝から雨。カルチャーセンター的な感じの外部仕事を昼過ぎから済ませて、ギリギリ間に合うなということで、和洋会古書展初日に向かう。閉場前1時間に会場到着、ざっとみていく。これはちょっと面白いと思うも、本の置き場所を考えて断念したものなどあったが、種村の桃源社本を1冊のみ。

種村季弘「悪魔礼拝」(桃源社)昭和54年5月15日初版函帯1000円

正直、これで千円は高いかなと思ったのだが、まあいいかと。この「悪魔礼拝」という本、これは後版で、元版は四六判丸背上製本貼函という体裁。こちらは菊判。持つなら元版かなと前に元版は買って持っているのだが、装幀的には断然後版のほうがいい。後版はクロス装。函用紙も細かい凹凸のある見かけない紙で、元版と比べてしまうと元版がちゃちく見える。昭和40年代後半の桃源社の本は、例えば澁澤の「妖人奇人館」も元版はちょっとチャチっぽく、「異端の肖像」新装版と同時期に色違いの装幀で出された後版の方が装幀がいいように思える。オイルショックでやりくりが大変だった時期だから、なのだろうか。種村のエッセイは、桃源社から出ている3冊でいいかなあと。

そして土曜日。業界関連の委員会仕事で都内に出て、帰りに日本近代文学館で開催中の「白秋万華鏡」展をみていく。「邪宗門」構想ノートやらあれこれ肉筆多数。詩集の構想メモは興味深かった。「邪宗門」は周知の如く、初版のあと再版は高村光太郎に装幀させて並製本になったのだが、白秋が気に入らず、再度自分で装幀しなおして増補した3版と数年間の間に3冊異なった装いで刊行されているという本なのである。

で、時間の早い午後、よせばいいのにふらふらと中野に向かってしまう。中野のまんだらけ海馬である。ネット目録で目をつけていたが送料が高いので、何かのついでに買いに行こうと思っていたものがあった。

斎藤昌三新富町多与里」(芋小屋山房)昭和25年1月1日限定署名カバ欠函付4950円

塚本邦雄歌集」(白玉書房)昭和45年12月25日函帯毛筆署名4950円

斎藤昌三の方は紙型を表紙にした装幀。限定300部。ただしカバー欠。本体はなんかコーデック装みたいな背表紙がない造本だったが、これが元の形なんだろうか。塚本のはとうに持っているが署名入なので。いやでもこれも以前なら署名入で1万5千円くらいしたが、いま買うほどのものでもなかったかもしれない。悲しくなるほど値下がりしているしなあと。

と、そんなことをしているうちに、扶桑目録が届いた。今回はこれかあれかと欲しいものが複数あったが、これかと1点のみ。そして届いたのが以下。

衣巻省三「黄昏学校」(版画荘)昭和12年8月20日初版帯9800円

これはどうなんだろう。「黄昏学校」自体はタルホ関連というか、前々から名前を知っていて、まあ裸が安くあればと思っていたがなかなか見かけない。相場感覚もよくわかっていない。少し前に国書刊行会から作品集が出たが、そちらには収録されていないのである。逡巡したがこれ逃したら見かけることはないのかなあと無理して行ってしまった。届いた本は状態もよい。というのも、今週は萬書百景市があるからで、資金のやりくりがきつい。

以下のはお勉強用にネット購入したもの。

ヴァーマ「ゴシックの炎」(松柏社)初カバ帯2000円
ラクー=ラバルトジャン=リュック・ナンシー「文学的絶対」(法政大学出版局)カバ4500円

新刊時に高くて買わなかったもの。前者はゴシック文学の、後者はロマン主義文学の研究書。

しかし、ストレスがなんて言い訳をしてこんな買い物をして、まったく、自分で自分の身を滅ぼしているようなものだ。