漁書日誌 3.0

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趣味展突撃。

金曜日、久々の趣味展。気分は撃ちてし止まむ。といっても、9時40分頃に会場到着、どうせ今から焦っても始まらないとゆうゆう喫煙所で一服してから列へ。今日はいつもよりも2割増しくらいで並んでいるお客が多いような気がする。
そして開場、各馬一斉にスタートし、扶桑棚に突撃。一番手前の面出し襷値札の棚を無視して奥の棚へ。一瞬手を出すのが遅れて棚にあった鏡花「乗合船」を目の前で持って行かれた。薄汚れた本だったが、それでも棚にこの本があるというのがスゴイ。幾らだったのだろうか。
押し合いへし合いの状況は相変わらずだが、それでもある程度カゴに収穫を入れ、満杯になったので列から離れて邪魔にならないようにスペースのあるところで中身や状態を吟味して戻すものは戻そうとあれこれ選んでいると、ここにワタクシ本人がいるのにもかかわらず構わず人のカゴの中身に手を伸ばしてくる中年男性がいる。しかも2人も居たのにはあきれるばかり。「ちょっと、人のに何してんの」と声をかけると、うるさいなあというツラで消えていく。まったく油断も隙もないが、これが現実である。よく隅の方に確保した本を積んで上にハンケチをかけて置いている人が居るが、ああいう手合いなんぞ遠慮無くそこから失敬したりするんだろなと思う。途中、帳場に確保品を預けて昼食に脱けたけれども、帳場の人も忙しいし入れ替わり立ち替わりするので、あれあの本欲しいとなったら、出ている名札の名前名乗って持って行っちゃう輩なんかもいるのではないだろうか(趣味展の場合、客の取り置きは会場外の帳場の奥で見えないところなので安心)。
昼食後、再度ザーッと見てからお会計。最終的に買ったものは以下。


大町桂月「青年と煩悶」(参文舎:青年修養叢書3)明治40年5月19日裏表紙欠300円
吉井勇「恋愛小品」(籾山書店)大正2年5月25日初版凾欠少痛墨1500円
谷崎潤一郎「呪はれた戯曲」(春陽堂大正8年10月15日3版凾欠300円

島崎藤村「朝飯」(籾山書店:現代文芸叢書20)大正2年1月5日再版300円
実業之日本社編著「岡田式静坐法」(実業之日本社大正6年11月5日82版増補改訂凾欠200円
里見とん「善心悪心」(春陽堂大正9年5月8日4版凾欠800円
笹川臨風「明治還魂紙」(亜細亜社)昭和21年6月25日400円
まずは単行本から。胡蝶本の「恋愛小品」は嬉しい収穫。何とはなしに胡蝶本は集めているのだが、これで17冊目か(「刺青」は重版も全部集めているので数冊ダブり)。で、写真のように値札のタスキに「墨」とあるのは、背表紙の「恋愛」という文字と中扉の同じく「恋愛」という文字が墨で消されている為で。これは何だろう。「こんなの恋愛じゃない」という否定でなのか、書架に刺していて「恋愛」という文字が恥ずかしい硬派の青年が所持してでもいたのだろうか。ほかに胡蝶本は同じ価格で鴎外の戯曲が2冊ほど並んでいた。現代文芸叢書も、5冊くらいあって、結局はこれ1冊のみ買う。
それからこれは別の棚で見つけたものだが、「岡田式静坐法」。明治の修養ブームについてはあれこれ単行本買ったり論文読んだりして興味持っていたのだが、静坐で修養って、これは何というかオカルトと精神論と科学とのあわいをいくような明治末の現象のひとつ…というかある種梁川の「見神の実験」まで行ってしまったような感覚があって、そのアブナイ感じに興味があり、前々から安く当時の本を探していたのである。臨風の本は「明治すきがへし」と読む回想本みたいなもの。これも前々から500円以下で探しており、鏡花についてのちょっと詳しい回想もあって読んでみたかったのである(何故かいつも見かけるのは800〜千円くらいの価格だった)。で、お次は雑誌。


ホトトギス明治40年代バラ11冊一括1000円
ホトトギス」8巻1〜6号合本痛1500円
「現代公論」(大正11年2月)社会主義征伐号1500円
「小説界」臨時増刊・創作二十人集(昭和25年1月)300円
いやー、「ホトトギス」は紐でくくってあったのだが、後で見ると漱石の講演掲載号など混じっていてホクホク(というかそれを確認しての購入)。もう片方の合本は、「吾輩は猫である」の第1回と第2回の初出を含む。記念すべき「猫」の第1回。「現代公論」という雑誌は、これは珍しいのですよ。国会図書館にも無し、各地の大学図書館でもチラホラ数冊持ってるだけで、通しで見ようというのが困難な稀覯雑誌といっていいかもしれない。これ、実質政党提灯雑誌みたいなものなのだが、浅野財閥がスポンサー?で系列の大正活映の社員が記事を書いたりしていて前々から探求雑誌なのである(この号自体は日本の古本屋に出ているけれども)。
「小説界」は、目次を見たら三島由紀夫の「殉教」が出ていて、あれ初出かと購入。しかし帰宅後書誌を見ると初出誌は「丹頂」であり、再録と知る。再録だろうが、あんまり聞かないし資料として。この特集の「二十人」というのが、大佛、丹羽の御大は別としても、当時としての中堅と若手のスタンダードなんだろうなあというのがわかる。
で、お次は本日土曜、今日の収穫である。扶桑事務所に先週の「青春の果」代金を支払いにいくついでに閉場間際の会場に立ち寄ってザッとだけ見て、また2冊購入。

徳田秋声「爛」(新潮社)大正2年7月15日初版凾欠300円
小門勝二「荷風散人伝 幻の愛人」(私家版)総革天金限150署名凾400円
さすがに初日に残っていたかなり買い得な重版の漱石菊版単行本は「虞美人草」帙欠くらいしか残っていなかったが、胡蝶本にせよ漱石にせよ幾ら安くても状態が悪いのは人気がないのだろうか。ワタクシが学生だったらウハウハして買っていただろうなあ。初日の、午前中の喧噪が終わってから、昼過ぎでも漱石の元版重版本、胡蝶本2冊が普通に場の棚に残っていたのだが、これ考えてみるとこの古書払底の叫ばれる昨今、ある種異様なことであるともいえる(といっても、胡蝶本はおそらく集中でもとりわけ人気がないだろう「新一幕物」と「続一幕物」)。
「爛」も、これが元版だと思うけれど、やはり売れないのだろうなあと。400円くらいでズラッとあった現代文芸叢書やら文芸文化叢書やらってのはさすがに売れていたが、小門勝二の私家版荷風シリーズだけはこれまたズラッと売れ残っていて、まあという感じで1冊購入してみる。総革天金本文2色刷で、こんな私家版をズラズラ出していたのだから、小門という人も相当な金持ちだったのだろうなあ、と。研究者なんかは洟も引っかけないのだろうなあ。

さて、上記写真の雑誌は、今度知人が創刊メンバーになった雑誌「Tri短歌史プロジェクト」という雑誌で、篠弘「現代短歌史」以降のライト・ヴァースをここらでちゃんと歴史化しておこうという主旨のもの。果たして近代短歌にも、純短歌と大衆短歌みたいな区切りってあるのか不勉強にして知らないのだが、言い方は「ライト」になってしまうのだなあ。御恵投いただいた。感謝です。

上記は、今日夕方に東京堂に立ち寄って購入した新刊書である。
以下はちょっと興味ある本。
触発するゴフマン―やりとりの秩序の社会学

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思想としてのファシズム

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「新聞」で読む黒船前夜の世界

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