漁書日誌 3.0

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残りは一冊・四部本

五反田散歩展初日。注文品はない。所用で出かけており、今日は間に合わないからやめるかなとも思ったが、ギリギリ間に合いそうなので会場に向かう。で、閉場15分前に古書会館に到着。一階をザッとみて二階を駆け足で見て回って、それぞれ一冊ずつ購入したのみ。

石川達三「愉しかりし年月」(新潮社)私家4部本少痛300円
原田康子「挽歌」(東都書房)重版凾帯300円
一階のガレージのようなところで買ったのが石川達三。これがご覧の通り、というか何の変哲のない本だが実は大珍本なのだ。
新潮社には、昭和31年の三島由紀夫金閣寺」以後、10万部以上売れた本については、その記念として社内で私家版(総革天金見返し手染めマーブル紙)の豪華本を4部作成するという制度がある。昭和31年当時、10万部で大ヒットだったわけだ。今では村上春樹など初版10万部とかで即豪華本らしいのだが、今回の「愉しかりし年月」は、その私家4部本の一冊。4部のうち、2部は新潮社の図書室・本館応接室の書架へ、そして2部が著者にいく。この4部本については、以前、三島のそれを取り上げ詳しく紹介したことがあるので、ご興味のある方は拙稿を参照していただきたい(人魚書房刊「初版本」創刊号、2007.7)。
で、新潮社の社内にあるものが流出したわけではないだろうから、これは石川家にあった2部のうちの1部ということになる。まあ10万部を超えた本といっても、50年以上やっていればかなりの数があるだろうけれども、しかし作家のところに2部しかないのでは、それが市場に出るなどということはまずなかろうと思っていた。それが出たわけである。しかも300円。これが三島やら大江やら村上春樹であったならば桁が幾つ違うのかということにもなっていたろうけれども、しかし万金を積んだところで、世に流出の可能性があるのが作家所有の二冊だけであれば古書市場で手に取ることなどはまず皆無というべきシロモノであろう。
無論、需要があるから古書価が形成されるわけで、それがどんなに珍しいものであろうと、世間に何人いるのかわからない石川達三初版本マニア以外には、今回の本もどうでもいいものかもしれない。実際300円だったし、ワタクシとて、石川達三の著書は「四十八歳の抵抗」「心に残る人々」文庫二冊しかないし普段読まない。しかし、である。4部本の実物として今回の入手はまことに嬉しい。雑に扱われてきたのか、背の上下やら表紙の隅など革が痛んでいたりスレがある箇所もあるが、これは貴重な資料である。
いやもう、こういうことがあるから古書展漁りはやめられない。
しかしまあ、ということは、残るもう一冊はどうなったのか。石川達三の他の4部本だとか、実は市場に出ているのか。それとも今回のものは、たまたま誰かが借りだし流出したとかそういうものなのか。謎である。